元留学生が久々に訪れたバンクーバー編その2です。ホテルにチェックインして荷物を置き、先ずは留学時代に住んでいた懐かしのウェストエンドを歩きます。
<前回編>
ロブソンストリート(Robson St.)周辺
バンクーバーで一番賑わっている目抜き通り。レストランやカフェ、ショップなどが立ち並びます。
ダウンタウン中心部のバスはトロリーバスが主流です。EVの普及が急速に進む昨今、そのうちこれもバッテリーEV化されるのでしょう。
生鮮食品以外は大体揃っている地元民の味方、LONDON DRUGS。日本人は”ロンドラ”と呼んでました。
こちらは在留邦人の味方「みんなのコンビニ屋」。
日本食材や生活用品が充実しています。冷凍のたらこやしゃぶしゃぶ用の薄切り肉などもあってお世話になりました。
「えぞ菊」というコク不足の寝ぼけた味の味噌ラーメンを出す店があった場所は山頭火に変わっていました。
私が居た90年代はダウンタウンに韓国系の店は全く無く、韓国人のクラスメイトと韓国料理を食べようという時はわざわざバスでブロードウェイの”Seoul House”というベタな名前の店に遠征したものでした。しかし今やロブソン沿いに何軒も出来ていたことに時の流れを感じました。
ウェストエンドのアパート街
私はカナダ渡航後2か月はホームステイしてその間にウェストエンドでアパートを見つけ、以降は一人暮らしをしていました。
当時の写真です。場所はロブソンから1本だけ南に入ったダウンタウン中心近くという絶好のロケーション。地下には住民用のプールもあります。
アパートを退去する人が次の住人を見つけて家具は数百ドルで譲り、アパートの契約はオーナーと結ぶ”Take Over”という制度というか習慣があって留学生やワーホリの間で一般的でした。引継ぎ者の募集は語学学校や前述のコンビニ屋の掲示板に貼り紙(笑)を出すというアナログなものでした。
久々に訪れてみたら...そのままの佇まいで建っていて感動。
私の部屋は裏の南西向きの4階でした。
こんな感じで快適に暮らしていました。
男一人暮らしの割には綺麗にしてたでしょ?
今はどんな人が暮らしているのだろう。
当時の家賃はCAN$600/月。今は少なくとも倍以上になっていると思います。95年は異常な円高で米ドルが80円台、カナダドルに至っては60円台という時期だったので、感覚的には月4万円程度でダウンタウンに住めるという夢のような時代でした。
こちらは近所の高層階にアパートに住んでいた友人宅からの眺め。やはり家賃はちょっと高く、CAN$800以上でした。
閑話休題、懐かしいアパート街を歩きます。
FIAT 500もあれば...
渋い80年代のキャディラックが走っていたりします。
イングリッシュベイ
ウェストエンドの端、スタンレーパークに隣接したビーチ。ここも住んでいたアパートからは歩ける距離で、幸せな留学生活でありました。
デイビーストリート(Davie St.)
イングリッシュベイの西端からカナダ西部最大のLGBTコミュニティーがあるDavie St.を東に戻りつつ歩きます。
XXXの店があったりもしますが特に如何わしいエリアという訳ではなく、美味しいレストランなども多くあって賑わっているストリートです。
横断歩道もレインボー。
Google Lensに聞いてみたら、こちらは1955年式クライスラー・インペリアルと出ました。
朝早い便でサンフランシスコから到着したこの日、デイビーのレストランで早めの夕食としました。
>次編に続きます>